氷河期初期世代おばはんの日々うらうら

就職氷河期初期世代のおばさんが時事問題に思ったりすることや、日々のあれこれ

男の下駄と女の下駄

「男の下駄は透明ニューバランス、女の下駄はボロの草鞋」


何故こんなことが浮かんだかというと、今週発表された慶應ワタミが組んだ食事支援が男性差別だ、と炎上しているのを見たからだ。
私はこれは個人的には、学生数が減っている中で学生を確保したい(特に女子学生)大学側と、商品を知ってもらう事で購買層を増やしたいワタミの経営戦略が重なったものだと思っている。

 

今回の慶應ワタミが打ち出したものは、表面を見ると確かに「女子のみ優遇」に見える。

支援1)1人暮らしを始める女子学生に向けた食の支援
支援2)生活困窮者に向けた食の支援

炎上しているのはこの1と2の支援規模が違う事と、1の方が充実していることからの炎上だ。
1の支援は、ワタミのミールキットを毎月8セット分、無料で提供というもの。1セットが2人用なので、上手く回せば16食分になる。
しかし2の支援では、毎月1回1食分のワタミのお弁当を無料提供、というもの。

 

このまま見ると「何で女子だけ」という気持ちになるのは分かるが、そもそも慶應の女子学生の割合は40%にも達していない。
しかもその中で「一人暮らしを始める」女子学生はもっと減るだろう。
そして、何故ワタミが「女子学生にはミールキット」「困窮学生にはお弁当」というコンセプトにしたかを考えると、そのあたりから見えて来る現象もある。(女子にもお弁当でよかろうとかね)

 

私が「見えて来る」と思ったのは、女性差別を論じる時に言われる、「男の下駄」が透けて見える気がするのだ。

 


よく、「別に男の下駄なんてない」「女の方が優遇されている」と旧ついったなどでは言われているが、男性目線と女性目線、そして大体30才辺りを境にして細分化されていき、「中年男性、高齢男性、既婚男性、独身男性、子持ち男性、子なし男性・・・」と
分岐していき、同じように女性も「中年女性、高齢女性、既婚女性、独身女性、子持ち女性、子なし女性・・・・」となっていく。


話しが行き違うなぁ、とは毎度思っていたが、もしや、と気づいた事があった。


それは、「男性が優遇される状態は、明文化されていない(透明)」が、「女性が優遇される状態は明文化されていない(でも全く足りてなくて下駄にもなってない草鞋だが)」のではないか、というもの。

 


例えば、
1.医学部不正入試問題: これは裏で(=公表せずに)女子の点数を下げ、男子が入学しやすくするために調整されていたのがバレて訴訟になった件。東京医科大、順天堂、聖マリアンナ医科大等、今も継続中。
  
  男子=下駄あり(公表なし)/ 4浪以上の男子は下駄なし(公表なし)
  女子=下駄なしというより地面にめり込ませる感じ?(公表なし←ここがバレた)

  不正の理由となったもの: 女性は結婚、出産で辞める。夜勤が出来なくなったり、早退したりする。長時間勤務が出来ない等。

 


2.就職活動時の男子優先採用: こちらも既に「暗黙の了解」のように、男子が優先的に採用されている状態が続いている。

  男子=下駄あり(公表なし)
  女子=下駄なし(公表なし)

  不正の理由となっているもの: 女子は結婚、出産育児で離脱する可能性が高い。

  また、この性差は同じ職場で同じレベルで始まっても、男性の方が大きな仕事、大事な出張などに抜擢されることが多いなど、仕事をしている中でも続いていく。

 


3.そもそものインフラ等: デフォルトマン(=成人男性平均)基本で街や乗り物は設計されているが、別に各所にそういった表示があるわけではない。つまりは、調べない限り「公表なし」

  男子=下駄あり(公表なし)
  女子(女性+高齢者+子供+身障者等=下駄なし(公表なし)

  

  余談だが、高齢男性がイライラと不機嫌オーラを発していて、ぶつかりおじさんになったり、ポテサラを買う主婦に文句を言ったり、クレーマーになったりするのは、自分の身体能力が落ちてきて「今まで何も考えずにスイスイとやれていた事」が突然やれなくなったからかもしれない、とも思う。

 


ではここから、よく「女性優遇じゃん!」に上がるもの。

 

1.電車の女性専用車両: 痴漢予防のために各鉄道会社によって導入されたもの。

  男子=下駄なし(公表あり)
  女子=下駄あり(公表あり)

  これが一番槍玉に上がっているが、痴漢や盗撮をする人がいなくなれば形骸化するので、なくすことは可能。
  ちなみに、男性専用車両を作ろう、というネットでの署名活動は2019年からchange.orgサイトで行われているが、未だに目標値に届いていない。

 


2.映画館やレストランのレディースデー: 女性は複数人で動く(映画を見に行ったり、買い物に行ったり、ご飯を食べに行ったり)するので、男性より給与が低かった女性を呼び込むために始まった、等所説あり。
    ちなみに、逆にメンズデーを作っている企業もある。(サウナ付きスパや、カラオケ、レストラン、居酒屋等)
  
  男子=店舗によって異なる(公表あり)
  女子=店舗によって異なる(公表あり)

  しかし、現時点でレディースデーやメンズデーはなくそうという動きもあるので、これからかなりなくなっていくのではないかと思われる。(映画館に行く人自体が減った、等の関係もあると思われる)


3.生理休暇: 企業によっては、女子社員に生理休暇を設定しているところもある。

  男子=下駄なし(公表あり)
  女子=下駄あり?(公表あり)

  しかし、厚生労働省の調査では生理休暇の取得率は1割を切る、という数字もある。
  理由としては、生理休暇を取っていると大事な仕事を任せてもらえなくなる、病気じゃないんだから・・・などのプレッシャーで取りにくい、生理周期がバレることで、社内で悪質なセクハラに遭う、等。
  また、生理休暇は無給となる企業もあるので、有休で対応している人もいる。

 


よく槍玉に上がるのは、この辺りだろうか。
こうして見てみると、流れ的に社会も、会社も、インフラも「男性基準」になっているので男性が有利な部分は当たり前として存在しているので、「見えない」。
だが、そこに女性や子供等、「成人男性以外」が存在するようになると、一定のルールを作る必要が出て来る事がある。
それが、男性の目には「女性優遇社会」や「女尊男卑」として映っているのではないだろうか。


慶應ワタミの試みも、明文化されたがために槍玉に上がっている。
これが慶應の校舎のどこそこにミールマーケットのような一種のボランティアスペースがあって、困窮している学生はそこでお弁当を安く買ったりすることが出来るようにした、という事なら炎上度合いは違っただろう。


そして最後に付け加えるとしたら、この中に犯罪被害者になる確率は入れてない、という事。(セクハラだけ1か所入ったが)
それを加味したら、いきなりハードモードになるから外しました・・・

 

 

日本の治安は、確実に悪化していると思う

最近、日に日に物騒な世の中になっている気がする。
世界情勢としてもそうだが、身近なところでも「え?」と感じることがあったり、大きくは報じられないが、日常生活でここまで?と思うような事も起きている。


例えば、今年、2024年3月に大阪で起こった事件。
「路上で、自転車に乗っていた女子大学生に体当たりし、現金1万円などが入ったバッグを奪った20才男性(米田一真容疑者)」

 

これは防犯カメラにその光景が残っていたので容疑者を捕まえることが出来たのだが・・・
・女子大学生は転倒し、全治1か月の怪我
現金1万円
・この事件の2時間前に、同じ容疑者が女子高校生にわいせつな行為をしたということで逮捕されていた。
逮捕して、家宅捜索したらこの自転車を倒されて怪我した女子大学生のバッグが出てきた。


これが、「銀行から出てきた」「多額の現金を引き出した」人が自転車で走り始めたのを狙ったのなら、まだ分かる。
しかし、被害者の所持金は1万円。
加害者の米田一真容疑者は、被害者の所持金は分からなかっただろうが、キャッシュレスが進んだ今、そこまでの多額の現金を普段から持ち歩いている人は多いだろうか?
しかも、被害者は女子大生。
容疑者は「お金が欲しかったのでやりました」と供述しているようだが、それで1万円。

事件が起こった時間までは出ていないが、例え夜だったとしても、20歳の成人男性が1万円欲しさに女子大生の自転車に体当たり?
全治1か月の怪我をさせて??

 

容疑者は「体当たりしたのは絶対に違います」とも言っているようだが、自転車に乗る女性は、バッグが小さければ肩にかけたままとかの可能性はなくはないが、前かごに入れる可能性の方が高い気がする。リュックなら、背負ったままかもしれないが記事には「バッグ」と書いている。自転車の前かごから、無理矢理バッグを取ろうとすれば、それは「体当たり」と表現されても仕方のない動きにならないだろうか?

 

自転車はただでさえ不安定な乗り物だ。車道から歩道への段差を超えようとして、角度を間違えて転んだ事がある人は多いだろう。
幅数センチのタイヤの上に乗っているのだから、重心がズレれば当然傾く。
相手が転ぶだろう、とか、アスファルトの道に倒れこんだら怪我するだろうとか、その時に頭を打ったらどうなるかとか、全く考えないのだろうか。

 

しかも、1万円のために??
米田一真容疑者が逮捕された時の写真は出ているが、まだ幼さを残した顔立ちだ。
写真を撮られることを全く意に介していないかのように、前を見据えている。
顔を隠してもいないし、俯いている訳でもない。

彼は、何を考えているのだろうか。

 

 

同じく今年、2024年3月に、北海道で起こった事件。
「エレベーターに乗り合わせトラブル。面識ない女性を数十回殴る蹴る暴行容疑で男(25)を逮捕」

 

これは被害者の女性が自ら警察に通報したものだが、内容がこれまたひどい。
共同住宅のエレベーター内で乗り合わせた女性(42)の頭を10数回殴り、腹部を足で10数回蹴る暴行

・女性は腹部などに打撲を負った疑い
・男と女性は面識はなく、男が乗るエレベーターに女性が乗り込んだ際、一方的に暴行を加えた
・男は「文句を言われ腹が立って何回も殴ったり蹴ったりした」


・・・25才の男が、42才の女性を殴る蹴る。
何の文句を言われたのかは分からないが、今回は女性は打撲ですんだけれど、もっと重傷になってもおかしくない。
人が、人を殴る蹴るするって、相当タガが外れていないと出来ないと思うのだけれど、カッと来たらすぐ、簡単にその行動に移せてしまう。
ましてや「共同住宅のエレベーター」ってことは、同じマンションなどの住人だった、ってこと・・・?
女性側、転居したくならないか?私なら、なる。
というか、今は逮捕されているけれど、出てきて顔を合わせたら「通報しやがって」とならないだろうか???
どれだけ沸点低いの?????

 

 

そりゃ、今までもなんで???というような事件は起きていた。
でもこんなに頻度は高くなかったと思う。
そしてどんどん、「現場」が日常生活の中に食い込んできて、じゃあどうすれば被害を受けずに済むのか、が分からなくなってくる。

 

明らかにイッちゃってる人や、危なそうだな、という人を警戒するのではなく、「誰が豹変するか分からない」になってしまって、ますます日常生活を送ることの難易度が上がっているような気がする。


治安のいい日本。
これが幻想だという事は女性は知っていた。何しろ、性犯罪はゴロゴロしていて、それを警察に言ったところで被害届の提出までには厳しく長い道のりがある。
それは分かっていた。


でも、こういった事件はそれとも違う。
一般市民が本当に飢えてきて、1万だろうが5000円だろうが、とにかく人のお金を盗ってでも金を手に入れたいのか。
1万円のために人を殺す勢いで動くのか。

 

同じマンションの住人同士で、文句を言われたからと殴る蹴るしても「おめーが悪いんだよ」になるのだろうか。

 

この、どこが治安がいい??
そしてこういう輩は、屈強な男性はまず狙わない。
自分より明らかに弱いもの、自分が勝てると自信がある人しか狙わない。
カッと来てつい、と言いつつ、そこの理性は働いているのだ。
同じ「カッときて」でも、相手が自分より強そうなら、手は出さない。
弱そうだったら、ここぞとばかりに日頃のうっ憤を晴らすかのように暴力をふるう。
外国人(見た目が日本人に見えない人)があまり狙われないのも、そこにあるのだと思う。
同じアジア人同士ならもしかしたら殴りかかるのかもしれないが、相手が自分より体格がよかったり、言葉が通じないことからくる忌避感もあって、例えば旅行で日本に来ている人等から見たら「日本は治安がいい」と思えると思う。


しかし、「本当に治安がいい」のだろうか?絶対に違う。
どうして、いつからこうなったのだろうか。何がターニングポイントだったのだろうか。
かつて私が幼かった頃の日本は、既にない。

 

物価高でも、主婦の知恵で工夫しよーぜ!

野菜が傷む前に使い切るのはなかなか大変だよねーとポストしていたら、あれこれこんなことしてるとか、そんなに腐るかとか色々な意見があって面白かった。

個々人でレパートリーも違うし、食べたいから作る料理の種類も違うし、普段買い物する場所も違うし、冷蔵庫のサイズも機能も違うから、みんなあれこれ工夫してるんだなぁ、と。

 

昨日はキャベツで盛り上がったが(キャベツ好き)、基本的に私は野菜好きだ。
別に肉魚も食べるし、乳製品も食べる。
でも野菜も好き。(昔からの友人にはウサギみたいと言われた)
なので旬の野菜や、頂き物をした時は「美味しく食べたい」という食いしん坊根性であれこれとやってしまう。
そこに、年齢の違いなのか、食の好みの違いなのか分からないが、色んな意見を見ていて、ちょっとだけ「ん?」と思ったものもあった。

 

別に、他の人がどう工夫していてもそれは個人のやり方なのでいいと思うし、私も食材の使い方で誰かを否定するつもりはない。
(捨ててるなら、勿体ないなぁと思いはするが)
ただ、それが出来ればいいんだけどね、と、ちょっとモヤついてしまった意見もあった。

 

 

・前提として、私の生活では平日に調理するのは「温める」が精いっぱいなので(帰宅が遅い)、食材を切るところから始める料理はする気力がない。
 作れたとしてもお味噌汁くらい。
 なので、例えば日曜日の夜に使い切れなかったら、次に料理するチャンスは次の土曜日なのだ・・・。

 

 

傷むのが早い野菜が好き
 自分でも困ったもんだなぁ、と思っているが、ほうれん草、小松菜、青梗菜、茄子、大根など、所謂足が早い野菜が好き。
 しかも、冷凍するのが嫌いなので、このあたりは自宅に誰か遊びに来る予定がある、とか、3連休の前、とか、翌日実家に食事を作りに行く、などのスケジュールを考えてじゃないと残ってしまう事が多々ある。
 好きな分、悔しいので結構頭をひねる。

 


冷蔵庫そのものが小型
 小型とは言っても、まぁ二人暮らしにちょうどいいサイズなのだが、問題は中にストックしているもの。
 我が家はニャンズがいるので、猫がどうやったって開けない、開けられない場所は冷蔵庫か電子レンジの中だけだ。(他のドアはチャイルドロックをかけているが、たまに突破される。帰った時に家じゅうに鰹節が積もっていた時は、ホテルに泊まろうかと思った・・・)
 なので、冷蔵、冷凍「不可」のもの以外は結構色々なものを冷蔵庫にしまう事になる。
 自分でもたまに家探しする羽目になるが、さすがに通帳が冷蔵庫から出てきた時は大笑いした。

 


やもめになった父用に、多めに作ったもので冷凍出来るものは冷凍している
 ザ・昭和の男だった父だが、母が他界してからは何とか、あれこれと自炊はしている。
 しかしさすがに煮物やマリネなどは作れないので、私は週末に料理した分で、冷凍OKなもの(ひじきの煮物とかね)は小分けにして冷凍している。
 実家に行った時には、そのあたりを冷凍庫からごそっと出して行く。
 つまりは「実家に行くタイミングまで、冷凍庫で自分のスペースが非常に限られる時がある」のが現状。
 

 

猫用のお手製おやつ
 猫たちは、冬場になると水を飲まなくなったりで脱水症状になったり咳が出たりするようになるので、これまた時間のある時にタラの切り身や、鶏肉を煮込んで「ニャンコ用スープ」を作って冷凍している。
 スープなら冬場でも飲むし、ちゅーるを加えて投薬の時の必殺技として使うこともある。

 

 

と、まぁ各家庭ごとに色々あるのだよ。
お子さんがいるご家庭にも、麦茶が必ず2本冷えてたり、これだけは外せない「滅入った時用アイス」が幅を取ってるという友人もいた。野菜室の半分をビールが占拠していたり。
自分の生活圏にあるスーパーの品ぞろえでも変わってくるし(大型スーパーは遠回りになるので、私も小型スーパーを愛用しているからキャベツ丸々一個、は逆に置いてない)、ふるさと納税が届いた後は冷蔵庫がカオスになる、というのもよく聞く。

 


人それぞれ。
これだけ物価高になっているけど、一人暮らしは一人暮らしで、家族なら家族で、その人に合った節約、常備菜などがあると思うから、そこんとこは工夫していきましょうぞ。


ちなみに、昨日ご近所さんから珍しいおみかん頂いたので、今日は食べるぞ!!!食べ方ググったぞ!!!(^▽^)/

 

医療従事者の倫理観

最近、最大の嫌悪感を感じているのが「病院内」や「医師・技師」などによる盗撮

私は持病があるのと、温存療法を取るしかないもの、また、体質がすごく似ていた母が生前、私の年代で罹患した病気にも注意している状態なので、通院、検査が多い方だと思う。
しかもMRIを撮る事が多いのと、持病が悪化した時には立て続けにレントゲンを撮らなくてはいけないので、個人でもざっくり、回数をカウントしている。

 


そうすると当然、服を脱いだりなんだりしなければいけないのだが、そこで盗撮されていたら、と考えると、非常に嫌だ。(当たり前だ)
これまで、手術も大きなもので2回、日帰りで帰るものだともっと受けている。
全麻での手術は1回。

 

そもそもが、手術でも検査でも、「信頼して」自分の体を診てもらっている、相手は知識と技術を持っているから、それを信じる。それが大前提だ。
自分ではどうにもならないものを、病院を、医師を、検査技師を「信頼して」治してもらう。
信頼しているからこそ、麻酔も受け入れるし、手術でお腹を開かれようが、針を刺されようが、受け入れる。

「治してもらいたい」からだ。

 

医療事故は、何パーセントかで発生する事も分かっている。
(何なら私自身が一度、それでヤバいところまで行っている。今なら週刊誌に売れそうな感じだ)
また、過去に看護師が点滴に消毒液を混入して死亡させた、という事件も起こっている。それもまた、知っている。
しかしそういったケースは、発覚したら逮捕されるし、報道もされる。
だから安心、とはちょっと違うが、もうそこまで来たら運だとも思う。

 


でも、盗撮は違う。

 


確かに私はもうおばさんだが、おばさんだったらいいってものではない。
世の中、どんな人がいるか分からない。ともすればグロ画像を求めて、オペ中の自分の内臓の写真が出回るのかもしれない。
エロじゃなきゃいいだろ、ってものではないのだ。
ちなみに身近で、症例が少ないために大学病院での手術の際、症例報告のために記録を取るのに同意した人もいるが、それはちゃんと病院からも主治医からも、本人と家族に承諾するかどうか、事前確認があった。
どんなに希少な症例でも、嫌だと思えば断ることが出来る。そしてその意志を病院側は尊重する。
その「同意」があるからこそ、患者も、患者の家族も協力できるのだ。

 


しかし、盗撮は「ただの犯罪」だ。

 


・山梨大病院の手術中の患者を、看護師(田辺皓輔)が盗撮。
・地方の総合病院勤務の医師が、病院内の職員用女子トイレの個室を盗撮。
沖縄県の病院で、男性医師が女性職員を盗撮。
・東京都足立区の保育園職員の健康診断で、男性医師が盗撮。
京都府立病院にて、医師が手術中に女性患者を盗撮。


健康診断の場で、病院勤務中に、手術中に、盗撮される。
さくっと5分、検索しただけでこの状態だ。
これは、一体どういう状態なんだ?

 

女性患者は、「病気を治してもらうためには盗撮されてもいいです」というインフォームド・コンセントを受けたか?
受けてない。全く、受けてない。
この状態を、「まともな」倫理観を持っている男性はどう思うのだろう?
仕方ないなぁ、と思う?
許せない、と思う?
この手があったか!と思う???

 


盗撮に関しては前々から思うところは色々あったが、医療機関で、医師が、放射線技師が、などを見て本当にがっかりする。

まずは、
1.小型カメラの購入時は、登録制にする。(マイナンバーでもいいし、運転免許でもいい。何もない人は住民票)
2.小型カメラを転売したり、メルカリ等フリマに出すのを禁止
3.医師や技師、看護師等、「有資格者」だからその仕事に従事できる、という人は、性犯罪が確定した時点で資格失効。
  (不起訴でも資格は失効する)

 


これくらいやってもいいのではないだろうか?
俺は関係ないもーん、と思っている方々もいるとは思う。
しかし、覚悟してほしい、と思う事は「医療従事者の倫理観が崩壊した時には、医療の質の低下のみならず、臓器売買が始まる可能性が高くなる」という事を。
気がついたら腎臓が片方なかった、肝臓の一部がなかった、諸々、気が付いた時には遅い。
しかし、実際のところこういった「健康な臓器」を待っている人もいる。


「倫理観の欠如」
自分の内臓がいつの間にかなくなっていても、「そっかーいつだろね?」と笑える人だけ、笑っていいんじゃないかな。

 

「皆婚」は、出来たじゃなくて「させられた」社会だよ。

ここ数日、どうもバイオリズムが安定していないようで、あれこれと考えてしまう。
こういう時にはXなどは見ない方がいいのは分かっているが、頭が動かないのでボーっと見てしまったりする。
そうすると、目に飛び込んでくる、棘ばかりのつぶやき。

 

偶然なのか、何かきっかけがあったのか分からないが、特に目に入ってくるのが「皆婚」だ。

 

落ち着いている時の自分なら、無理に決まってんじゃんの一言で終わるのだが、何故かその言葉が頭に残って仕方がない。
なので、吐き出しついでに書いてみようと思う。

 


まず私は、男性がこの「皆婚」という言葉を使う時に、下記のような事を期待しているんじゃないかな、と感じている。

1.自分が望んだ時に、いつでも性交できる
2.子供を持てるが、自分は何もしなくていい。
3.家事育児をやれとも言われないので、家では文句を言われずに好きな事だけしてればいい。
4.近所付き合いや親戚付き合い等、もろもろの面倒くさい事は妻に丸投げ出来る。(自分の親含め)
5.お小遣い制だが、足りなくなったら余分にもらうのは当然
6.家計が厳しくなったら、妻に「パートに出ろ」と命令できる
7.しかし、妻がパートに出ても、「家のことはちゃんとやれ。俺に迷惑をかけるな」と言えるので、自分から見たらノーダメージで家の総収入が増える。
8.好きな時に飲みに行ったり遊びに行ったりできる
9.自分の親の介護は妻に押し付けることが出来る。
10.自分が年を取った時は、息子の妻か、自分の娘に介護をさせることが出来る。
11.妻に経済力がないので、外で風俗に行こうが浮気をしようが、まぁちょこっと頭を下げれば済む。

 


こんな感じを、ぼんやり思っているのではないかなぁ。
これはほぼ、1940年~1950年に生まれた人達がやってきたことではないだろうか。
所謂団塊の世代は1947年~1949年に生まれた人達だ。

 

 

では、この「現代男性の夢?」であるはずの上記世代が、実際はどうだったのか、皆婚を叫んでいる人達は知っているのだろうか?
私は、知っている。実の両親の世代だからだ。
両親、両親の知り合いの家庭、またその上(祖父母の家庭)、そして団塊Jr.である自分。「皆婚が正解」と言っている人達は、その裏は見えているのだろうか?

 

1.自分が望んだ時に、いつでも性交できる。
  → まぁ出来るかもしれないが、皆婚論者が思っているような美人とは出来ないだろう。かつて「皆婚」だったのは、恋愛結婚以外の人は「ほぼ断れずに」お見合いを持ちかけて来るままに結婚していたからなので、自分も相手も、双方「選ぶ」事は出来ない。
    加えて、二人目の子供が生まれた辺りで「母親は子供部屋で寝る」になることが多いから、実質ほぼ出来なくなっていたのではないだろうか。

 


2.子供を持てるが、自分は何もしなくていい。
  → 代わりに、妻が子供を養育出来る環境を整えるのは夫側に偏る。しかも会社内チキンレースが始まっているので、「一軒家」を購入する事になる。(通勤時間片道1時間半とかで)

    そのためには、昇級試験に合格する、抜擢されるように社内パフォーマンスをする、仕事と並行して会社に貢献できるような技術を開発する、等のハードルをクリアしていかないといけない。
    そして何よりも「残業、接待を拒まない」のと、「転勤を拒まない」のがポイントになる。(世帯丸ごと転勤出来るか、それとも単身赴任になるかは子供の年齢次第)

 


3.家事育児をやれとも言われないので、家では文句を言われずに好きな事だけしてればいい。
  → 子供が小学校高学年にもなってくると、父親が帰ってくると子供は自室に戻り、妻は台所で明日のお弁当作りなどを始める。
    つまりは、「家の中でポツン」
    犬や猫がいれば・・・!と思っていても、普段残業ばかりでいない人に、動物はあまり懐かない。

 


4.近所付き合いや親戚付き合い等、もろもろの面倒くさい事は妻に丸投げ出来る。(自分の親含め)
  → 近所付き合いはともかく、自分の両親(妻から見た舅姑)、自分側の親族から、母親がどんな扱いを受けるかを見て育った子供の中には、父方の親族を毛嫌いするようになる子が一定数いる
    親に逆らえない中学生くらいまでは一緒に父方の家に行くこともあるだろうが、高校生になった辺りから、予備校に~とか、友達と遊びに行く、等の理由をうまく考え出して父方には行かない、というケースも多々ある)

 


5.お小遣い制だが、足りなくなったら余分にもらうのは当然。
  → 夫側がどれくらいの稼ぎがあるかで変わってくるが、子供が大きくなってくると、「それ、おかしくない?」と気付き始める。父親が好き勝手にお金を使っている「ため」、自分が予備校に行けなくなったんだ、ということも見え始めるので、「父親」という存在が子供から見て完全にATMになる。
   「男はATM、にしてるのは男性自身」

 


6.家計が厳しくなったら、妻に「パートに出ろ」と命令できる。
  → 命令しなくとも実は父が知らないだけでちょこちょこと働いているケースもある。正式命令が出る前から、ちょこちょこと稼ぎ始めている母親を子供は案外、見ている。

 


7.しかし、妻がパートに出ても、「家のことはちゃんとやれ。俺に迷惑をかけるな」と言えるので、自分から見たらノーダメージで家の総収入が増える。
  → 父親は残業か接待でいないので、この辺から家事に関しては子供が代わりに出来るものは手伝うようになる。
    そのため、難しい料理以外は何となく出来るようになっていくので、一家の中で父親の家事能力が一番低いというのが確定する

 


8.好きな時に飲みに行ったり遊びに行ったりできる。
  → その間に、妻と子供、の方が「一つの家庭」としてのつながりが強固になる。

 


9.自分の親の介護は妻に押し付けることが出来る。
  → 大体、その頃には子供もかなり成長しているので、父親の親の介護を、妻と子供で行う事になる。妻も疲弊するが、子供も勿論疲弊する。誰も口には出さないが、「早く終わればいいのに」と思っている状態なのを、父親だけが気付いていない。(帰宅したらビール飲んでテレビ見て寝てるだけだから)

 


10.自分が年を取った時は、息子の妻か、自分の娘に介護をさせることが出来る。
   → まず、その時の妻の状態で変わっていくが、息子の妻、という選択肢しかない時には資金さえ工面出来れば施設行き。
    娘が独身だったら、3パーセントくらいはやってくれる可能性もあるが、どちらかというと妻が娘には関わらせないようにする。

    妻から夫へ、積年の恨みとして「介護という名の体罰が始まる可能性が出て来るのがこのあたり。

 


11.妻に経済力がないので、外で風俗に行こうが浮気をしようが、まぁちょこっと頭を下げれば済む。
   → そう思っていたら、あっけなく子供が妻だけ引き取って、「おとーさんは勝手にすればいいじゃん」で捨てるケースも増えてきている。

 


こう見ていくと分かるかと思うが、
1.双方別に好きでもなければ、条件が合致した相手を結婚していたわけではない。
2.家父長制的に「俺が大黒柱!」のムーヴは世間から男性に押し付けられるのだが、そこから逃げることは出来ない。
3.女性も、家事育児から逃げることは出来ない。
4.転換期に重要になってくるのが、子供がどちらの味方になるか、という点になる。
5.妻側は家事育児、そして後からパートに出たりと世界を広げて、また手段も増やせるが、夫側はそれが難しい。

 

 

さて、ここで私は問いたいことがある。
威張りたいけど甘えたい、頑張りたくないけど褒められたい。
それを聞き入れてもらえないから、暴力に出る。

・・・それでいいの?

 


今の時代、鬱々とした日本にいなければいけないという事でもない。
海外に移住することも出来るし、日本にいながら「日本人ではない」夫を持つことも、妻を持つことも出来る。
別に戦争にならなくても、民族浄化、のようなことが起きなくても、女性が「日本人との」子供を持たないだけで、20年後、30年後には様相は全く変わっていくだろう。

 


私は、誰にも奴隷になってほしくないし、自分もなりたくない。
何故か奴隷になりたい人もいるようだが、それは個人が選んだ事なので私が物申す事ではないだろう。
誰しもが意思を持った「人間」である。
こちらから好んで武器を持って立ち上がるつもりはないが、有事になった時に、より小さきもの、つまりは子供、子供を連れた母親達、これから母親になる人、その人達を守る必要があるのなら、守りたい。何としても。
それで自分が罪をかぶることになっても。

 

父親は?と思った人はいるかもしれない。
不要だ。
既に、ミトコンドリアDNAによって母方は祖先までずっと遡れる。その中に、「かつて日本人と呼ばれし遺伝子」が残っていれば、それでいいじゃないだろうか。


だから私は、女性を守る。

結婚を考える時、女が見ているモノ

どうも昨日、婚活番組をやっていたようで、Xを見ていたらそれ関連が流れてきた。
私は見ていなかったが、流れて来る情報などで大体のところは「あ、なるほどあのパターンか」と感じてしまった。
勿論全部見ていないのだし、局の編集もあるだろうから恣意的にそう「見させられている」部分もあるだろうし、私の勘違いもあると思う。

 

しかし「あのパターンか」と思ってしまうのは、結構、職場で「おばちゃん」をしていると私は結婚相談所か?と思うほど後輩男子や男性部下から相談されてきたことと共通点があるからだ。


私は女性で、私に相談してくるのは男性部下、後輩が多かったわけだが(一人だけ先輩がいたか)、その立場で聞いていた内容と、今回のノンフィクションで取り上げられた男性陣の1人が、まさに「頻繁に聞いていた」ケースだった。

 

ぶっちゃけ、男性側の年収はこの場合は関係ない。年齢はちょっとは関係があるが、その前に女性が一番反応する「Select or not」ボタンがあるパターンだ。


女性なら大体分かるだろう。
「舅・姑」
「同居か否か」
「住居が限定されているか」

 


この3つだ。
嫁姑戦争なんてないよーと思っている男性陣、自分の伴侶がいて、次に自分の実家に帰省した時に妻が自分の実家で「くつろいでるか、パタパタと台所と居間を行ったり来たりしていたり、着いてから言葉を発しているかどうか(挨拶ではなく、会話しているかどうか)」をよーく見てみるといいと思う。
ほぼ会話せずにパタパタと動いている状態なら、かなり危ない。
そして、男性側が「実家に帰ってきた」と自分で感じているなら、危険度はもう一ランク上がる
結婚してからは、「実家に行く」なんだよね。帰っちゃいけないんだよ、帰るってことは「今、妻と住んでいる家が仮の家」ってことになるからさ。

 

では本論の、この3点が何故、女性にとって大事になるか。

 

1.舅・姑
いくら結婚したと言っても、今の女性は「他家に嫁いだ」という意識は薄い。
なんなら、舅姑はあくまでも「パートナーの両親」というだけの他人、だ。
男性が自分の親を大事にしたいと思っているのと、ほぼ同じ熱量で「女性も自分の親を大事にしたい」と思っている。

 

しかし、親世代はそう思っていないケースも多いのを「女ネットワークで」知っているので、舅姑との距離は出来る限り多くとりたい。
物理的に離れている方がもめごとが発生しないことは知っている。
距離が近ければ近いほど、それこそアポなし凸とか、あれこれ息子の家庭に口を出して来たり、イヤゲモノ攻撃が来たりが発生する可能性が高くなる。


加えて、例えば病院に付き添いが必要、とかになると、何故か実の息子をすっ飛ばして息子の妻に当然のように「責務」として飛んで来たり、介護が始まったら「当たり前のように」メインで参加を希望される。

 

だが、女も今は仕事をしている。育児中(例え子供がかなり大きくなっていたとしても、完全に手が離れているわけではなかったり)の可能性もある。

 

子供が大きくなっていた時、もし同時に実両親と夫両親が健康上のトラブルに遭っていた場合などで、「自分の仕事をセーブしてでも」面倒を見たい、助けたいと思うのは「実の両親」だ

しかしそれを言うと不機嫌になる夫が多いから、そこで衝突する回数を減らすためにも、「距離」が欲しいのだよ。


2.同居か否か
これは勿論、双方の親や兄弟姉妹と同居かどうか、という話だ。
問題になるのは夫側だけではなく、妻側も自分の両親が近くにいると結婚した気がしない、とか、自分の性格的に甘えてしまうだろうとかそういう理由から双方からある程度距離を取りたい場合もある。

 

子供が欲しい、と思っている場合はどちらか(妻側の両親の場合が多いとは思うが)の親が近い方がいいのでは、という意見の人もいれば、まだ親世代がそもそも働いているから、変に近いと保育園の条件に外れるから困る、という場合まで様々である。

 

夫側にしろ妻側にしろ、精神的に独立していて、親もそれを弁えていて、という家庭ではさほど問題にならないが、夫が実家にべったりのまま、妻が実家にべったりのまま、という事でトラブルになったのも両方、私は聞いたことがある。

 

ましてやどちらかの両親、または家族と同居となると、トラブルが起こらない方が奇跡的だと思った方がいい。

 


3.住居が限定されているか否か
実際、私に相談してきた男性陣の大多数が、ここがネックになってるんだろうなぁ、というケースだった。
実家住まいで、今でいうところの「こどおじ」。かといって数千万の貯金が出来ました、という訳ではなく(人より少し多めくらい)、今まで趣味に使ってきてしまったタイプ。
家にお金を入れている子もいたが(そういう子は、自分の部屋の掃除くらいはするし、残業後、遅く帰った時には既に親は就寝、なのでラーメンを作るなり、コンビニ弁当を買ってきて食べて、片付くらいまでは出来る子達)、全く「家にお金を入れる」意味が分かっていなかった子もいた。


しかし、「結婚したいけど相手が見つからない」と言っている彼らの話を聞いていると、上記の事以外にそれ、ハンデありすぎじゃない?が圧倒的に大きかった。

 

例えば、東京隣県ではあるが、都内23区でもなく、さほど電車の利便性もよくない場所の実家で同居(敷地内・外あり)を望んでいたり、もしくはそういった場所に、既に実家近くに戸建てを買ってしまっているようなケース
(買ってもらっている場合もあった)


実家近距離ではなくとも、住む場所にすごいこだわりがあり、この沿線以外は無理、と言うようなケース。

 

そういう子に、お相手には共稼ぎ希望なの?と聞くと、大体共稼ぎ希望。
相手が通勤しにくかったらどうするの?と聞くと、慣れたら大丈夫!と。
子供は欲しいのか聞くと、欲しい。
家から駅までの間に保育園、幼稚園、小学校などはあるのか、と聞くと「知らない」か、「小学校はありますね。ドヤっ」。

 


どうしても「結婚したい!!」という人には、妻側がどう感じるか、共稼ぎが前提となっている時点でその立地がどう影響するか、そのハンデを自分がどうやってサポートなりするなりで乗り越えるか、というハードルを伝えたが、私に相談してきた中で、結婚できたのは1人だけだ。

 

その彼も、「自分の実家で産んでもらって、基本的にはそっちに住所を置き、俺は働きに平日は単身赴任みたいに」と言っていたのだが、それが妻側の視点から見ると、「血のつながりもない赤の他人に見張られながら家事も育児も仕事もして、夫は平日は帰ってこないからワンオペ。子供を連れて自宅と夫の実家へ行き来するだけでも大変になる。24時間365日見張られるかも、という状態と、まるっきり知らない土地で一人で子育てする状態を天秤にかけることになるんだけど」と言った私の言葉が響いていたらしい。

 

私が転職して、違う会社に勤めていた時にふと連絡が入ったと思ったら、結婚しました、のLINEだった。
「23区は無理だったけど、夫婦ともに通える沿線の賃貸で暮らし始めました。あの時、彼女は俺と別れるか考えていたみたいで、首の皮一枚でつながりました」という連絡だった。
それからコロナだなんだと連絡は途絶えているが、うまく行っているといいなぁ、と思う。


ちなみにバツイチの私は、
1.舅・姑
超近距離で結婚していた間、私のことをずっと「お嫁さん」と呼び、名前を呼ばれたことはないと思う。
超近距離だったせいなのか、元夫は結婚している気にはなっていなかったらしい。
今、私が感じるのは知らんがな、だけだ。

2.同居か否か
超近距離だけでもノイローゼになっていたが、舅姑が家を買う話になった時に、隣の家を買うように勧められた。
そこだけはガンとして私がNOを言っていた間に、婚姻自体が終了。

3.住居が限定されているか否か
これも、超近距離を避けるべく私は動いていたが、元夫と姑の作戦ではどんどん同居に進めようとしていたようだ。
結婚したばかりの頃は、姑から「仕事禁止令」が出ていたが、夫の稼ぎからジャンジャン姑に流れて行ってしまったため、途中で私が働きに出る宣言をして、文句はぶっちぎってパートに出始めた。
それにも嫌がらせとして引っ越そうとしてきていたが、あーだこーだやってる間に婚姻終了。

 


結婚している人同士が別れる原因になりかねないくらい、大きなこと。
ましてや「好き合って」結婚するのではないのであれば、自分より相手に利点を持たせないと、そう簡単にOKはもらえないだろう。
(一応私は恋愛結婚でした・・・目が曇ってたケド)


婚活頑張ってる皆さん、その辺で地雷踏まないように祈ってますよ。

 

リースリングを飲んで楽しく過ごせる日はいつになるのか

昨日、珍しく家で何かアルコール系のものが飲みたくなって、ワインを飲んだ。
ワイン自体は煮込み料理を作る時のために結構使っているのだが、基本は宅飲みをしないのでワインをワインとして家で飲んだのは久しぶりだ。

 

そもそも食通でもないし、お酒に関しても味にどーこー言う方ではなく、何でも「美味し~」と食べて飲んでしまうタイプだが、白ワインならリースリング、というのはある。
なので白ワインで常備するのも、出来たらリースリング・・・と行きたいがそこまでワイン煮込みを作ることもないので普段はコンビニのミニボトルワインで問題ない。

昨日もそんな感じでワイン一杯だけ、チーズを肴に飲んでいた。

 


リースリングには結構思い出がある
そもそもリースリング、という名前を覚えたのも、フランス人の同僚とディナーを食べに行った時に「これは飲みやすいよ」と教えてもらったのが最初だった気がする。
私が勤めていた会社の工場の一つがアルザス地方にあって、ちょっと特殊なものを作っていた工場だったので営業はその知識を持った専門の人が来日して、日本人営業と一緒に行くスタイルだった。
なのでその同僚(営業)の人はわりと頻繁に日本に来ていたのだが、さほど年齢も離れていなかったので接待などが入っていなかった日のディナーは一緒に行っていた。
そんな時に、彼がワインメニューを見ていて、教えてくれたのがリースリングだった。


スッキリしてるけど、ちょっと甘みもあってすごく美味しい。
確かにこれは飲みやすいし、なんか悪酔いしない感じもあるな~と、「ワインを銘柄指定する時にはこれにしよう」リストに入った感じだ。


日本でもリースリングを置いているレストランは結構あるし、勿論フランスでも、ドイツでも多い。
なのでハウスワインないか~、どうしようかな、となった時に探しやすいので便利だ。後、リースリングはないの?と聞いてなかった時に、代わりの似た系統のワインを勧めてくれるところもあるので、すごく重厚な味が好きなのか、さっぱりと、でも芳醇な味が好きなのかの指標にもなってくれるので助かる。

 


そんな感じで結構飲んでいたワインだが、やはり一番「美味しい!!!」と感じたのは、まさにアルザス地方の友人を訪ねて行った時、太陽の下でワイワイとおしゃべりしながら飲んだ時だ。
フランス語、しかも流麗な書体で書かれたメニュー(ほんとに手書きだった)はさっぱり分からなかったので、友人に教えてもらいつつオーダーして、ランチ用のフルコースを頂いたのだが、一つ一つが本当に絶品。
しかもドドンと重たい感じではなかったし、2時間以上かけてゆーーっくり飲んで食べて、なのでフルコース食べました!苦しいです!!にもならずに済んで、本当に満足だった。

 

友人は妹ご夫婦も連れてきてくれていたので(そのご夫婦の娘さんは何度か日本に来ていて、私が行きにくいところに車で連れて行ったりもした)、もう本当にみんなでワイワイ。ウチの娘にいい思い出を作ってくれてありがとう!!みたいな。


こういう時スマホは便利で、娘さん達が来日した時の写真を見せたり、WhatAppの連絡先を交換して写真を送ったり。

すごくゆっくりした時間、太陽の下で飲んだリースリングは忘れられないなぁ、と思う。

 

今、世界が段々とおかしな方向に向かいつつあるのを見ていると、ふと、あのランチのようなゆったりとした、それこそレストランに音楽もなく、人々が楽しそうにクスクスと笑う声だけが聞こえ、食器がたまにカチャっという音を聞き、どこかで乾杯したのか、グラスがリーンと鳴く音くらいが聞こえる情景が目の裏に浮かぶ。
私がいるテーブルには、仏・韓・日の不思議な取り合わせ。
美味しそうに焼かれたサーモンの付け合わせの野菜を見て、私が「これなーに?」と聞くと、面白そうに教えてくれる友達。
一緒に旅行している韓国人の友達はフランス語を習っていたので、分かると英語で調べてスマホで私にこれこれ、と見せてくれる。
(野菜のサイズが違うから、同じものでも見分けがつかなかったりする)
私がフランス語の鼻濁音が発音できないの、というと、Bonjourって言ってみて?とかで盛り上がる。


あのゆったりとした時間をまた味わえるように、今、この歯車が狂い始めている勢いを止めたい。
第一次大戦前、第二次大戦前など、皆こういう空気を感じていたのだろうか。


太平洋戦争で樺太から引き揚げてきた母は、日本が次の戦争に巻き込まれる前に他界できた。
願わくば、年老いた父にもそれは見てもらいたくない。父ならば、おそらく「自分が避難するより、誰か子供か若い人を連れて行ってやれ」というのが分かっているからだ。
そして今、私はこの世界を見つめている。


次に彼の地でリースリングを飲みながら、友と団らんする日が訪れるのを願って。