氷河期初期世代おばはんの日々うらうら

就職氷河期初期世代のおばさんが時事問題に思ったりすることや、日々のあれこれ

性犯罪と女性の生き方

性犯罪が相も変わらず毎日報道され、そして未成年者が被害者になった事件も毎日に近く報道されている。
このように性犯罪が減らないのは、30年以上の長期にわたり性犯罪がほぼ野放しになってきたこと(痴漢などもだが、強制わいせつや強姦も含めて)や、その間にレイプ神話が完全に広まってしまったために被害を矮小化したり「被害が存在しない」事になってしまったりしたこと。
そしてそのために被害を訴える事自体にブレーキがかかるようになってしまったこと、等が影響しているだろう。

 

日本での性犯罪の起訴率の低さ、暗数の多さの理由は、2024年のNewsweek日本版の記事を読むと一人の女性として非常にしっくり来るものが列挙されている。
被害届を出しに行って、こっちが加害者なのか?というような威圧的な物言いをされて諦めたり、受理してもらうまでの拘束時間の長さで断念したり、たらい回しにされて諦めたことがある女性は多いのではないだろうか。
(私もその一人だ)

 


性犯罪に対しては厳罰化、GPS装着や認知行動療法等やれること、やってもらいたいことは沢山あるが、それとは別にずっと自分の中で楔のように刺さっていたことを今回は書いてみようと思う。
(この記事は、私を含む「女性」が被害者であるケースについて書きます。)

 


1.性犯罪被害を軽く扱われ続けたことによる、女性の男性不信や人間不信。

 

女性の中で、幼少期に家族や親族、親の友達、近所の人、教師や塾講師、習い事の先生等から性加害を受けたり、痴漢などで全く知らない人から加害された経験が「人生での初の性にまつわる体験」になってしまった人は一定層いる。私もそうだ。
その事から性にまつわる事(性交渉まで行かない事でも)が「嫌なこと」「気持ち悪いこと」「貶められたこと」として性=ネガティブな印象、になってしまった人も相当数いるだろう。

 

そうするとどうなるか。
徹底的に男性を避けるようになる人もいる。
男性がいる場所には出ていけなくなる人もいる。(この場合は仕事すらできない)
逆にもう自己評価が下がりすぎて、自傷行為の一種として性に対して奔放になる人もいる。

そしてその体験から二次被害を受けたりした場合には、性別関係なく人間不信になる人もいる。
それなりに親密な友達、まではいても心の奥底では信用できない(信用できないという自覚がより本人を苦しめる)という宙ぶらりんな状態になる人もいる。

被害から生じた自意識への変化、不信感などは人それぞれ違うのでひとくくりには出来ないが、ダメージゼロの人はほぼいない。

 


2.子供を守れないと感じることからの出産への躊躇い

 

さて、そうした性犯罪サバイバーである女性がパートナーと一緒になったり、結婚したりした時に立ちはだかる事があるのが「子供を持つかどうか」「子供を持っていいのか」ではないだろうか。

しかも昨今の性犯罪の多さや、子供を狙った犯行の多さを考えると産まれてくるのが男女どちらにしても「自分の子が自分と同じように被害に遭ったらどうしよう」と考えてもおかしくはない。
また、自分の子供が「加害者」になったらどうしようとも考える。

 

ただでさえ子供を連れての外出、泣き声、ベビーカー、道路族、レストランと子供と一緒というだけで様々なハードルが高くなっている状態で、しかも産む母親側が「安心して生きる」事を感じられず自分の日常生活すら不安ばかりだったら、子供を産もうとスルっと考えられるかどうか、疑問に感じる。

 


3.性犯罪への軽視から発生する女性の活躍機会の放棄

性犯罪サバイバーである女性が母になった後も自分がサバイバーであるが故に付きまとうものがある。
それが、「子供を預けて働いていいのだろうか」ではないだろうか。
保育園、幼稚園、学校、学童、習い事・・・
今は子供がいる家庭で、共働き率が7割に達しようとしている。
子供の年齢によっては、子供が学校に行っている間だけパートに、という人もいるだろうし在宅で自営業として働いているとか、リモートワークで働いている人もいるだろう。
もしくは正社員で時短の人もいるだろうし、フルタイムバリバリの人もいるだろう。
その働き方は、母親側も父親側も、その家庭に合ったスタイルを選択すればいいと思う。

 

しかし、例えば子供が通っている学校で性犯罪が起きたら・・・?
自分の子供が被害に巻き込まれていたら?

 

子供へのケアを最優先にしたい時に、自分のパートナーが「そこまでしなくていいんじゃないか」のような発言をしてきたら?
サバイバーである母親は、ともすれば過剰な防御をしようとするだろう。
自分が怖かった経験があるからだ。
しかし、同じ熱量で父親が子供を守る対応が出来るか、となると話は変わってくるだろう。

 

もし私に子供がいて、その子が性犯罪に巻き込まれたらおそらくまず休職して子供に専念するとか、その間に会社に掛け合ってほぼフルリモートに変えられるかどうか交渉するかもしれない。
または一度退職してしまって、ある程度落ち着くまでは子供のケアを最優先にしてそれから転職活動をする方を選ぶか。
だがもし「私の方が年収が高くて、実質家計を支えているのが自分」だった時にその決断が出来るだろうか。
父親(自分のパートナー)が、育児に消極的で子供を見てるつもりでスマホを見てるタイプだったらどうするだろうか。
「痴漢なんて、触られただけだろ。減るもんじゃなし」というタイプだったら・・・(これはそもそも結婚しないとは思うが。)


子供が被害に遭った時、遭いそうになった時に両親どちらかが自分のキャリアから一時期離脱して、とにかく子供に専念するというのはたどり着きやすい対処法と思えるが、今の日本ではそれはやはり母親に偏ってしまうのではないだろうか。

 

子供の安全と自分のキャリアなら、安全を取るだろう。
だが、母親だけがその方針転換をすることを社会が強制するようにならないといいな、とも思う。
この気持ちはジェンダーギャップの話だけではない。
「成人男性加害者に腕力でぶつかれるのは、成人男性だから」だ。
日本では武器の携帯、家庭での武器の所持は出来ない。となると、もし自分の子供を狙った犯罪者が家に乗り込んできた時、母親が子供をかばいながら対峙するよりも父親が対峙した方が確実なのではないだろうか。

 


日本には、小児性愛ペドフィリア)からの性犯罪加害者を追跡する方法もなければ、ほぼ特定もされない。マグショットもない。氏名も出ない事もある。
性犯罪は証拠の少なさから不起訴になる事が多いし、起訴されても執行猶予がついたりで加害者は大手を振って「普通の日常」に紛れている。
また、性犯罪に対する認識も年齢層や性別によってかなり異なるし、性教育もまともに行われない。
団塊の世代、バブル世代、団塊Jr.世代はまだまだ「痴漢はエンタメ」の感覚から抜け出せていない人もいるし、「エンタメとしてのセクハラ」が商品として成り立っていた世代でもある。

 

その中を生きてきた女性の一人として思うのは、「性犯罪を放置している社会では、女性は性自体を忌避するようになりがちだし、子供も守れない」ということだ。
いい加減にそろそろ、性犯罪というものの悪質さを理解して検挙、起訴率を上げ、少しでも安全な社会に向けた舵取りをしてもらいたいと思っている。

 

 

選択的夫婦別姓は、無理なんだろうな

選択的夫婦別姓
この国は本当に様々なことが後回しになり、「緻密な議論が必要だ」と誤魔化して最終決定をしたくないのだな、と感じる議題の一つ。
30年経ってもまだ議論しとるんかい。どうりで刑法改正に100年かかったはずだ。
30年かけても結論が出ないようなら、それは議論の仕方に問題があると思うんだが。(民間営利企業で30年後回しにするプロジェクトってあるかな・・・?)


私個人は、選択的夫婦別姓に賛成の立場だ。
自分自身が一度結婚し、離婚したので「自分の姓を失った」ことがあるから賛成でもあるのだが、それとは別の理由もある。


そもそも、「なんで結婚したら姓変えなきゃいけないの?変えない選択肢ないのなんで?」と思っているからだ。
だって、二人の成人が同じ立場で結婚するのだから、片方だけ変えなくてよくて、片方は変えなくちゃいけないって既に平等でもないし、公平でもないじゃないか。
変えたい人は変えればいい。
しかし変えたくない人もいる。
変えたくない人は変えなくていい。


色んなところでアンケートが取られていたり、旧姓拡大で不便はほぼなくなったし~と言っている人達もいる。
そして大抵、別姓賛成と答えた人には「賛成の理由」を聞いている。
でもさ、現状95%の夫婦が夫側の姓を選んでいる(選ぶような無言の圧力がある)わけだけど、「変えなかった理由」を聞いているアンケートは・・・記憶にない。
あるのかな?
実際に既婚で、姓を変えなかった人達。
その変えなかった理由は何ですか?
そして、夫婦は同姓であるべきと別姓に反対する人で、姓を変えなかった人達、何故自分が改姓して相手の姓にしなかったのかな???


と、一度その無言の圧力で姓を変え、離婚して自分の姓を取り戻した時の感情が蘇ってきて強い口調になってしまった。反省。


選択的夫婦別姓の話が盛り上がると、省庁やナントカ会、商工会などのいろいろなアンケートを見る機会が出てくる。
その中には賛成の立場の意見、反対の立場の意見もあって、具体的なものは旧姓の拡大使用で「何とか不便を最小限にしましたよ」的な報告もなされている。
パスポートなどの名義変更から、資格取得後に結婚した場合の旧姓使用など、可能な限り旧姓でいけるようにしましたよ!だから別姓いらないよね!!
という、すごい迫力を感じる。
おそらくは思ってもみなかった、経団連からの別姓要請が出たからだろう。
だから文句が出ないようにとにかく旧姓を使えるようにした、という事なんだろう。


では何故、ここまで関係省庁や民間企業(銀行やクレジットカード会社)を巻き込んで旧姓を使えるようにして、別姓はいらないよね、と持っていきたいのか。


私が想像するに、その理由は既に廃止されたにも関わらず、それがあると一番政治家にとって都合がいい「家制度」を水面下で続けさせるためなんだろうな、と思う。
夫婦別姓に対する反対意見としてよくあがる「家族の単位を損なう」や「子供が可哀相」も、言い換えれば「家族というイエを存続させ、子供もそこに属させる」ということだ。


この家制度、または家父長制は民法上もう廃止されているが、自分が実際に結婚した時や親族の介護、葬儀、相続などをした時にまだまだ水面下に残っていると強く感じた。
「長男に嫁いだのだから」
「長男の嫁だから」
「嫁に来たからには」
「介護は女が当たり前」
「葬儀の手配や差配はすべて女が行い、でも喪主は男であるべき」
「相続に女が口を出すな」

・・・などなど。

 

水面下でも家制度が残っていれば、生活、人生、社会のひずみや歪みを「そのイエの最下層」の者に押し付けることが出来る。
最下層が子供ならば、その母親が自発的に自分を犠牲にする。
家事、育児、介護、町内会付き合い、慶弔関係。
今ではそれに「稼ぐ」事も求められる。


そしてそれはイエだけの話ではなく、「社会」にもその最下層の人間を作ることで公共福祉(育児関係は勿論、老人介護関係もイエの最下層民にやらせれば無料)、イエから発展したムラ、地域共同体を存続させるためにも必要だ。
何なら、イエやムラの中で最下層民を性的に使うことも出来る。
社会に男は必要だが、暴力性が社会の上(家督を継いだものや、村長、そこから上がって地方議員、国会議員等)に向かうと困るから、ガス抜きは最下層民にしてもらわないと困る。


こうして最下層(=嫁と女児)をイエという箱に囲ってしまうために使われているのが、姓であり氏であり、それが繋がっている先が「社会の最小単位としてのイエ」ではないのだろうか。

 


そうなると、おそらく日本で別姓が認められる日は遠いだろう。
しかし、いくら政治家や保守派が頑張っていようが、この国が息苦しくなった人は徐々に「国」自体から去って行っている。
そうでなくとも、この坂道を転がり落ちるような少子化はある意味、「もうやってられるか」となった人たちのサイレントテロではないだろうか。
特に団結もせず、示し合わしもせずに国が落ちぶれていく。
この日本の没落を学んで、他国は同じ轍を踏まないで可能な限り健全な国として進んでいってもらいたいものである。

 

 

女性は虚構ではないのだよ

とっても久しぶりにブログを更新する余裕が出来た。喜ばしい事である。
仕事も忙しかったが、何よりも身内に不幸があったり、介護が徐々に始まったりしていて、自分の時間が取れないというのが正直なところだ。

だが、ちょっとなぁ・・・と思うことが多くなり、更新してみる気になった。


最近の広告の炎上や、アメリカのDEI方針転換等を見ていて頭にこびりついた残滓が拭えないのだ。


広告は以前から何度も何度も炎上している。
表現方法やキャッチコピーから、性別役割分業を感じたり、性的要素を押し付けられているように感じたり、そもそも違和感を感じて好きになれなかったり。そういった印象を感じた人が、これ好きじゃない、と言って「私も!」と続々と続く。この声が大きくなると、炎上だ。


私が今、拭えない残滓をどうにかしたいと思っているのは、「破れないストッキング」と「赤いきつね」だ。
私がこれらの炎上を見ていたのはX上だったのだが、この2つはこれまでの性別役割分業とも、性的要素とも少し違うところが私は気になって仕方がなかった。

 

まずは「破れないストッキング」。
この「破れない」というのもモヤモヤの一つだったのだが(少なくとも私や、私の相互の方々)、別に象が踏んでも破れないとか、戦車で引っ張っても破れないものを目標として話していた人はいなかったろう。
買って来て、開封しただけで破れるのは勘弁してほしい、1日2日履いただけでもうオシャカになってしまう品質はどうなのか、それなりの値段なのだからそれなりに品質をキープしてほしい。これがそこここで上がった女性達の声だった。

 

それに対して、もうお約束となった「やーいツイフェミが騒いでる~」とか、「BBA黙ってろ」とか、「お前の足なんて誰も見てねーよババァ」のようなリプが続く。
そしてそのX上のやり取りを、どこかの暇人がまとめてYouTubeに動画としてアップする。

 

この一連の流れにプラスして、このストッキング論争は女性のニーズに応えるということをメインにしているアパレル会社社長への誹謗中傷へと発展していったのだが・・・
私は、その前の時点で非常に気になっていたことがある。


ストッキングのメインユーザーは女性だ。
だが、私もだが、ストッキングは嫌いだという人は少なくない。
夏は暑くてつらい、冬は寒くてつらいという非効率そのもののシロモノ。
加えて蒸れて不快だし、急いでトイレに行った時には「急いで、でも破らないように」という技を要求されるし、ストッキングと合わせてTPOとして求められるのはスカートとパンプスが主流だが、買ったばかりのパンプスがサイズぴったりだと靴擦れで帰宅する頃には歩けなくなる。サイズに余裕があると、パンプスの中で足が滑るので歩きにくく、下手をするとすぐ脱げるので駅などでパンプスを吹っ飛ばすことにもなる。
これが生理中となると不快感は3割増しになるのだが・・・・好きで履いてるわけではない。


ビジネスシーンでは、とか、慶弔のマナーでは、のようなTPOがあるから仕方なく履いてるだけだ。


また、ストッキングとタイトスカート、パンプスという組み合わせは「災害時に最悪な組み合わせ」とも言える。
ストッキングは熱が加わると溶けて肌にへばりつき、重度の火傷を負いやすい。
パンプスはすぐ脱げるので走れなかったりするし、高所から降りたりするには向いていない。飛行機などの避難シューターは、パンプスは脱ぐようにとなっている。(しかしその後が全部裸足になるのだが、避難などだと足裏にケガすることも確実だ)
そしてタイトスカートは、足が開かないので、これまた「脱出」のような場合には非常に向かない。避難シューターで降りるだけなら何とかなるが、その先に遮蔽物があって乗り越える、のようになると足が開かないので、ウェストまでたくし上げるか、破くか脱ぐか、になるだろう。

 

履きたくて履いてるわけでもない、履いていて楽なものでもなく不快なもの。
それがそれなりの値段(3足セットで700円前後のものもあるが、1足で同じような価格、またはそれ以上のものが多い)で、しかもすぐ破れるってどんな罰ゲーム!?なのだ。

 

そしてその、履かざるを得ないから履いているだけのストッキングやスカートで、痴漢に遭ったりセクハラに遭ったりするわけだ。
何故か。純粋に「足が見えている」からというのもあると思うが、既にストッキングやタイツをいかにも性的アイコンとしてAVやエロ絵で使われている事もあるだろう。
下着フェチ、ハイヒールフェチ、そしてストッキングやタイツフェチもいる。
マナーとして履くことになっているものが、勝手に性的アイコンとして使われて、それで痴漢、盗撮、セクハラに遭う。
これ、ほんとにこれ何なの?罰ゲーム?ライトな拷問??なんのプレイに参加させられてるの???なのだ。

 

いやもう、女がパンツスーツに革靴、靴下、ワイシャツネクタイで出社してもいいことにしてくれよ。
就活とか転職活動もそれでOKにしてくれよ、と一周回って感じている。


「フェミが叫んでる~」と揶揄してた人達は是非、1か月くらい真夏か真冬にスカート+ストッキング+パンプスで過ごして頂いてから物申してほしい。

その不快の象徴とも言えそうなストッキングに対し、ストッキングメーカーSNS担当男性が揶揄する発言をしたからこそ、あれだけの炎上になったわけだし。
SNS担当者、キミからスカート+ストッキング+パンプスで過ごして頂けまいか。
そうしたらユーザーの気持ちも分かると思うから。少なくとも1か月ね。(ムダ毛の処理も忘れずに)

 


そしてもう一つが「赤いきつね」のWeb広告。
これは、今までのアニメ広告に対するものとは少し違ったと感じる。
別に萌え絵でもない、露出が激しいわけでもない。
だが、私は最初に見た時から何だかゾワゾワする不快感を覚えた。この不快感はなんだろう、と思いながら他の人の意見も見ていた。
デッサンが狂ってる部分や背景がおかしかったりする部分もあったし、小物の使い方がおかしい、と思った部分もあった。
その集合として不快感を感じているのか、とも思ったが、それだけではなかった。

一言で言ってしまうと、

カップうどん食べる時くらい、リラックスさせろよボケぇ!!」

だ。


「女性なら」たとえカップ麺食べる時でも、自宅でも、周りが必ずキチンと片付いていたり髪の毛ぼさぼさだったりしないだろう。
いくらカップ麺でも、箸置きなんて使っちゃったりして丁寧な生活してるだろう。
テレビ見て感動してグスっと涙ぐんじゃったりするんだろう。(しかし涙は出るが鼻は出ない)

 

商品が日常生活に密着しているものだから、ということで何となく設定された男女の日常を描いてほっこりと、という意図だったのだろうとは思うが、なら男女ともに自宅か、男女ともに残業中でもよかったんじゃないか、とも思う。
さりげない日常を切り取って、写実ではないが共感できるリアルさを持たせて、というのならそこで性別役割分担が透けて見えたのもよくなかった。
でも、何よりもゾワゾワしたのは「いや、カップ麺食べる時こんなことしないし」というリアルに見せかけた虚構がこれまた、「女の子なら、女性なら」というモデルを押し付けられた気がしたからこそのゾワゾワだと思う。

 

わざわざ泣けるテレビ見ながらカップうどん食べないし、髪が落ちてくるなら自宅ならヘアバンドかピンでとめてるだろうし、箸置き使わないし。
おあげは熱いから唇でハムっとするんじゃなくて歯で食いちぎるし。
テレビ見ながら女の子座りしてると腰が痛くなるから、あぐらかいてるし。(ちなみに女の子座りは骨盤や股関節、膝によくないので整形外科では止めるように言われる座り方だ)
その乖離が不快感として表出したのだと思う。

 


では何故この2つが、私の中でこびりついた残滓になってしまったのか。
ここまで来ると割と簡単だ。

「不快感」and「息苦しい」=「生き苦しい」からだ。


こうあるべき、だからこういうものを身に着けるべき、こういうものを使うべき。
更に、こういう生活をするべき、こういう行動をするべき、こういう暮らし方、食べ方をするべき。
そしてこういう生き方をするべき。

 

そういった「べき」が集合体として集まった息苦しさ。
しかもその「べき」は、都合よく男性が描いた女性の生き方だったり、あり方だったり、過ごし方だったり・・・・がもうびしょぬれで破れたオブラートのように透けて見える。ここで注意しなければいけないのは、あくまでも男性が望んだり、口に出したり、伝統として言われている「女性はこうあるべき」なだけであって、生身の人間の姿ではないところだ。


実際、リアルに生きているとストッキングは嫌いだし、スカートが嫌いな人もいる。
普通に仕事もしているし、その中では段ボールを運んだり機材を組み立てたりもする。私も以前の職場では、メインはデスクワークだったが、顧客の工場に行ったりもしていたので、スーツを2着ダメにして、女性サイズの作業服をオーダーしていいか、海外本社に交渉して作ってもらったこともある。
真夜中まで仕事をすることもあるし、国内国外問わず、出張にも行く。顧客と行くこともあれば、一人で行くこともある。仕事なんだから、何でもありだ。

 

私はシングルアゲインなので、飼い猫さえ預かってもらえればかなり自由に行動できるが、今は既婚、または育児中でもそうやって仕事をする女性もいる。
育休などで仕事はお休み中でも、育児や介護等、なんだかんだでやることが多く飛び回っている。
何しろ、「家事育児介護」はいまだに女性の仕事とされるが、本職で外で稼いでくることも求められているのだ。
シャナリシャナリとしている暇なんてない。

 

それなのに、広告やドラマ、映画が押し付けてくる女性像はいまだに「タイトスカートにストッキング、自宅でのんびりしていても箸置き使ってカップ麺」。


想像、空想、二次元とリアルのギャップだけではない。
「きれいな女性」「かわいい女性」「あどけない女性」「優しい女性」でいてほしいのか。
それとも「バリバリ働き」「なんでもさっとこなし」「毅然とした女性」でいてほしいのか。
望まれるベクトルはありとあらゆる方向に向いてしまっているのに、こっちは頭は一つ、体は一つだ。心ももちろん一つ。
なので振り切って何を望まれようと「そんなの知るかーい」と、我が道を歩むと何故か糾弾されたり、あざ笑われたりする。

 

まぁ、知らんけどね。もうこの年だから我が道を行くだけなんだわ。
でも、この「生き苦しさ」を継承したくはない。
だから私は、声を上げる。

だって、女性だって生きている人間。私を含め、それぞれの人格があり、性格があり、人権がある個々の人間なのだから。

怒りの沸点の低さと、「分からない」という怖さ

マクドナルド柏店で、マネージャーと思われる男性が高齢男性に激高して怒鳴りつけ、大騒動になった件。

この件を、「接客業に向いてない」とか、「沸点が低すぎる」と見ている人は多いと思う。
概ね私も同じ意見だが、別の事も考えている。

 


・・・・男性諸氏。あれを「ヤベェ」「怖いなー」「こんなのと一緒に働きたくないな」と思ってますか?

 


その感覚が、結構な数の女性が「電車内」や「エレベーター内」、「オフィス内」、「会議室内」、「デートの時」、「宅飲みの時」等など、色んな場所で考えている事だ。

 

いや、俺別に怒鳴ってないし!と反論したい方もいると思う。というか、いてほしい。
だが、特に最近、さっきまで笑っていた人が突然キレて、わめき散らし、ビンタして来たり殴って来たり、蹴って来たり、誰彼かまわず「女性限定」でぶつかって歩いたり、ベビーカーのママさんに難癖付けたり、レジで怒鳴ったりするケースが目立ってきた。


男女には、少なからぬ体格差がある。
女性が相当鍛えても、ただ男性が手を振り回しただけで吹っ飛ぶだろう。
地面に叩きつけられるかもしれない。
打ち所が悪ければ、そのまま病院送りになったり、もしくは天国への階段を上る可能性もある。

 

その体格差がある見知らぬ人が、突然自分に攻撃的になったらどうしよう、ここだとエスケープルートはどこになる?今持っているもので、壊れてもいいから相手にダメージを食らわせられるものはあるか?
そんなことを考えながら、日々過ごしているのが女性だ。

 

それが家庭内で行われていたら家庭内DV。
職場DVは、パワハラ
通りすがりの見知らぬ人だったら、通り魔。
色んな言葉でごまかされていますが、結局のところは「暴力」、というところに変わりはない。


そんなにあるわけない!と思った人もいると思う。
なのでいくつか例を挙げてみると、

 

1.2024年5月1日 北海道/ 「静かにしろ」帰宅途中の20代女性が刃物で脅され、体を触られる。通りかかった男性に助けを求め、その通りがかりの男性が警察に通報。


2.2024年4月3日 兵庫県/ エレベーターで女性に抱きついた疑い。「酒で記憶ない」。エレベーターには2人しかおらず、女性が大声を上げると男は逃走


3.2024年4月16日 熊本県/ 公園のゴミ巡り口論の末、75才無職男性が小学生女児を殴る。被害直後に児童の1人が「男の人から友達が殴られた」と110番


4.2024年4月17日 新潟県/ 駅のホームで知人女性を押し倒して馬乗りに。暴行の疑いで男子高校生逮捕。


5.2024年4月16日 埼玉県/ 必死…女児が抵抗、男が襲いかかる。午後2時の下校中、恐怖で逃げる。住居侵入もした男逮捕 防カメで女児の悲劇が判明。

 

これだけ挙げれば十分だろう。

 

電車で隣に座っている人が、なんのはずみでカチンと来るか、分からない。
上司や同僚が何かの拍子に怒鳴り始めるか、分からない。
スーパーで買い物してすれ違った人が、豹変するかは分からない。
帰宅時、後ろの足音がついてきている気がするが、分からない。
家族が、なんのはずみで怒り出すか、分からない・・・・・・


これだけ沸点が低い人が増えた世の中。
何だかぞわぞわとする、足元が瓦解していくような不安定さを感じるのは、私だけなのだろうか。

 

男の下駄と女の下駄

「男の下駄は透明ニューバランス、女の下駄はボロの草鞋」


何故こんなことが浮かんだかというと、今週発表された慶應ワタミが組んだ食事支援が男性差別だ、と炎上しているのを見たからだ。
私はこれは個人的には、学生数が減っている中で学生を確保したい(特に女子学生)大学側と、商品を知ってもらう事で購買層を増やしたいワタミの経営戦略が重なったものだと思っている。

 

今回の慶應ワタミが打ち出したものは、表面を見ると確かに「女子のみ優遇」に見える。

支援1)1人暮らしを始める女子学生に向けた食の支援
支援2)生活困窮者に向けた食の支援

炎上しているのはこの1と2の支援規模が違う事と、1の方が充実していることからの炎上だ。
1の支援は、ワタミのミールキットを毎月8セット分、無料で提供というもの。1セットが2人用なので、上手く回せば16食分になる。
しかし2の支援では、毎月1回1食分のワタミのお弁当を無料提供、というもの。

 

このまま見ると「何で女子だけ」という気持ちになるのは分かるが、そもそも慶應の女子学生の割合は40%にも達していない。
しかもその中で「一人暮らしを始める」女子学生はもっと減るだろう。
そして、何故ワタミが「女子学生にはミールキット」「困窮学生にはお弁当」というコンセプトにしたかを考えると、そのあたりから見えて来る現象もある。(女子にもお弁当でよかろうとかね)

 

私が「見えて来る」と思ったのは、女性差別を論じる時に言われる、「男の下駄」が透けて見える気がするのだ。

 


よく、「別に男の下駄なんてない」「女の方が優遇されている」と旧ついったなどでは言われているが、男性目線と女性目線、そして大体30才辺りを境にして細分化されていき、「中年男性、高齢男性、既婚男性、独身男性、子持ち男性、子なし男性・・・」と
分岐していき、同じように女性も「中年女性、高齢女性、既婚女性、独身女性、子持ち女性、子なし女性・・・・」となっていく。


話しが行き違うなぁ、とは毎度思っていたが、もしや、と気づいた事があった。


それは、「男性が優遇される状態は、明文化されていない(透明)」が、「女性が優遇される状態は明文化されていない(でも全く足りてなくて下駄にもなってない草鞋だが)」のではないか、というもの。

 


例えば、
1.医学部不正入試問題: これは裏で(=公表せずに)女子の点数を下げ、男子が入学しやすくするために調整されていたのがバレて訴訟になった件。東京医科大、順天堂、聖マリアンナ医科大等、今も継続中。
  
  男子=下駄あり(公表なし)/ 4浪以上の男子は下駄なし(公表なし)
  女子=下駄なしというより地面にめり込ませる感じ?(公表なし←ここがバレた)

  不正の理由となったもの: 女性は結婚、出産で辞める。夜勤が出来なくなったり、早退したりする。長時間勤務が出来ない等。

 


2.就職活動時の男子優先採用: こちらも既に「暗黙の了解」のように、男子が優先的に採用されている状態が続いている。

  男子=下駄あり(公表なし)
  女子=下駄なし(公表なし)

  不正の理由となっているもの: 女子は結婚、出産育児で離脱する可能性が高い。

  また、この性差は同じ職場で同じレベルで始まっても、男性の方が大きな仕事、大事な出張などに抜擢されることが多いなど、仕事をしている中でも続いていく。

 


3.そもそものインフラ等: デフォルトマン(=成人男性平均)基本で街や乗り物は設計されているが、別に各所にそういった表示があるわけではない。つまりは、調べない限り「公表なし」

  男子=下駄あり(公表なし)
  女子(女性+高齢者+子供+身障者等=下駄なし(公表なし)

  

  余談だが、高齢男性がイライラと不機嫌オーラを発していて、ぶつかりおじさんになったり、ポテサラを買う主婦に文句を言ったり、クレーマーになったりするのは、自分の身体能力が落ちてきて「今まで何も考えずにスイスイとやれていた事」が突然やれなくなったからかもしれない、とも思う。

 


ではここから、よく「女性優遇じゃん!」に上がるもの。

 

1.電車の女性専用車両: 痴漢予防のために各鉄道会社によって導入されたもの。

  男子=下駄なし(公表あり)
  女子=下駄あり(公表あり)

  これが一番槍玉に上がっているが、痴漢や盗撮をする人がいなくなれば形骸化するので、なくすことは可能。
  ちなみに、男性専用車両を作ろう、というネットでの署名活動は2019年からchange.orgサイトで行われているが、未だに目標値に届いていない。

 


2.映画館やレストランのレディースデー: 女性は複数人で動く(映画を見に行ったり、買い物に行ったり、ご飯を食べに行ったり)するので、男性より給与が低かった女性を呼び込むために始まった、等所説あり。
    ちなみに、逆にメンズデーを作っている企業もある。(サウナ付きスパや、カラオケ、レストラン、居酒屋等)
  
  男子=店舗によって異なる(公表あり)
  女子=店舗によって異なる(公表あり)

  しかし、現時点でレディースデーやメンズデーはなくそうという動きもあるので、これからかなりなくなっていくのではないかと思われる。(映画館に行く人自体が減った、等の関係もあると思われる)


3.生理休暇: 企業によっては、女子社員に生理休暇を設定しているところもある。

  男子=下駄なし(公表あり)
  女子=下駄あり?(公表あり)

  しかし、厚生労働省の調査では生理休暇の取得率は1割を切る、という数字もある。
  理由としては、生理休暇を取っていると大事な仕事を任せてもらえなくなる、病気じゃないんだから・・・などのプレッシャーで取りにくい、生理周期がバレることで、社内で悪質なセクハラに遭う、等。
  また、生理休暇は無給となる企業もあるので、有休で対応している人もいる。

 


よく槍玉に上がるのは、この辺りだろうか。
こうして見てみると、流れ的に社会も、会社も、インフラも「男性基準」になっているので男性が有利な部分は当たり前として存在しているので、「見えない」。
だが、そこに女性や子供等、「成人男性以外」が存在するようになると、一定のルールを作る必要が出て来る事がある。
それが、男性の目には「女性優遇社会」や「女尊男卑」として映っているのではないだろうか。


慶應ワタミの試みも、明文化されたがために槍玉に上がっている。
これが慶應の校舎のどこそこにミールマーケットのような一種のボランティアスペースがあって、困窮している学生はそこでお弁当を安く買ったりすることが出来るようにした、という事なら炎上度合いは違っただろう。


そして最後に付け加えるとしたら、この中に犯罪被害者になる確率は入れてない、という事。(セクハラだけ1か所入ったが)
それを加味したら、いきなりハードモードになるから外しました・・・

 

 

日本の治安は、確実に悪化していると思う

最近、日に日に物騒な世の中になっている気がする。
世界情勢としてもそうだが、身近なところでも「え?」と感じることがあったり、大きくは報じられないが、日常生活でここまで?と思うような事も起きている。


例えば、今年、2024年3月に大阪で起こった事件。
「路上で、自転車に乗っていた女子大学生に体当たりし、現金1万円などが入ったバッグを奪った20才男性(米田一真容疑者)」

 

これは防犯カメラにその光景が残っていたので容疑者を捕まえることが出来たのだが・・・
・女子大学生は転倒し、全治1か月の怪我
現金1万円
・この事件の2時間前に、同じ容疑者が女子高校生にわいせつな行為をしたということで逮捕されていた。
逮捕して、家宅捜索したらこの自転車を倒されて怪我した女子大学生のバッグが出てきた。


これが、「銀行から出てきた」「多額の現金を引き出した」人が自転車で走り始めたのを狙ったのなら、まだ分かる。
しかし、被害者の所持金は1万円。
加害者の米田一真容疑者は、被害者の所持金は分からなかっただろうが、キャッシュレスが進んだ今、そこまでの多額の現金を普段から持ち歩いている人は多いだろうか?
しかも、被害者は女子大生。
容疑者は「お金が欲しかったのでやりました」と供述しているようだが、それで1万円。

事件が起こった時間までは出ていないが、例え夜だったとしても、20歳の成人男性が1万円欲しさに女子大生の自転車に体当たり?
全治1か月の怪我をさせて??

 

容疑者は「体当たりしたのは絶対に違います」とも言っているようだが、自転車に乗る女性は、バッグが小さければ肩にかけたままとかの可能性はなくはないが、前かごに入れる可能性の方が高い気がする。リュックなら、背負ったままかもしれないが記事には「バッグ」と書いている。自転車の前かごから、無理矢理バッグを取ろうとすれば、それは「体当たり」と表現されても仕方のない動きにならないだろうか?

 

自転車はただでさえ不安定な乗り物だ。車道から歩道への段差を超えようとして、角度を間違えて転んだ事がある人は多いだろう。
幅数センチのタイヤの上に乗っているのだから、重心がズレれば当然傾く。
相手が転ぶだろう、とか、アスファルトの道に倒れこんだら怪我するだろうとか、その時に頭を打ったらどうなるかとか、全く考えないのだろうか。

 

しかも、1万円のために??
米田一真容疑者が逮捕された時の写真は出ているが、まだ幼さを残した顔立ちだ。
写真を撮られることを全く意に介していないかのように、前を見据えている。
顔を隠してもいないし、俯いている訳でもない。

彼は、何を考えているのだろうか。

 

 

同じく今年、2024年3月に、北海道で起こった事件。
「エレベーターに乗り合わせトラブル。面識ない女性を数十回殴る蹴る暴行容疑で男(25)を逮捕」

 

これは被害者の女性が自ら警察に通報したものだが、内容がこれまたひどい。
共同住宅のエレベーター内で乗り合わせた女性(42)の頭を10数回殴り、腹部を足で10数回蹴る暴行

・女性は腹部などに打撲を負った疑い
・男と女性は面識はなく、男が乗るエレベーターに女性が乗り込んだ際、一方的に暴行を加えた
・男は「文句を言われ腹が立って何回も殴ったり蹴ったりした」


・・・25才の男が、42才の女性を殴る蹴る。
何の文句を言われたのかは分からないが、今回は女性は打撲ですんだけれど、もっと重傷になってもおかしくない。
人が、人を殴る蹴るするって、相当タガが外れていないと出来ないと思うのだけれど、カッと来たらすぐ、簡単にその行動に移せてしまう。
ましてや「共同住宅のエレベーター」ってことは、同じマンションなどの住人だった、ってこと・・・?
女性側、転居したくならないか?私なら、なる。
というか、今は逮捕されているけれど、出てきて顔を合わせたら「通報しやがって」とならないだろうか???
どれだけ沸点低いの?????

 

 

そりゃ、今までもなんで???というような事件は起きていた。
でもこんなに頻度は高くなかったと思う。
そしてどんどん、「現場」が日常生活の中に食い込んできて、じゃあどうすれば被害を受けずに済むのか、が分からなくなってくる。

 

明らかにイッちゃってる人や、危なそうだな、という人を警戒するのではなく、「誰が豹変するか分からない」になってしまって、ますます日常生活を送ることの難易度が上がっているような気がする。


治安のいい日本。
これが幻想だという事は女性は知っていた。何しろ、性犯罪はゴロゴロしていて、それを警察に言ったところで被害届の提出までには厳しく長い道のりがある。
それは分かっていた。


でも、こういった事件はそれとも違う。
一般市民が本当に飢えてきて、1万だろうが5000円だろうが、とにかく人のお金を盗ってでも金を手に入れたいのか。
1万円のために人を殺す勢いで動くのか。

 

同じマンションの住人同士で、文句を言われたからと殴る蹴るしても「おめーが悪いんだよ」になるのだろうか。

 

この、どこが治安がいい??
そしてこういう輩は、屈強な男性はまず狙わない。
自分より明らかに弱いもの、自分が勝てると自信がある人しか狙わない。
カッと来てつい、と言いつつ、そこの理性は働いているのだ。
同じ「カッときて」でも、相手が自分より強そうなら、手は出さない。
弱そうだったら、ここぞとばかりに日頃のうっ憤を晴らすかのように暴力をふるう。
外国人(見た目が日本人に見えない人)があまり狙われないのも、そこにあるのだと思う。
同じアジア人同士ならもしかしたら殴りかかるのかもしれないが、相手が自分より体格がよかったり、言葉が通じないことからくる忌避感もあって、例えば旅行で日本に来ている人等から見たら「日本は治安がいい」と思えると思う。


しかし、「本当に治安がいい」のだろうか?絶対に違う。
どうして、いつからこうなったのだろうか。何がターニングポイントだったのだろうか。
かつて私が幼かった頃の日本は、既にない。

 

物価高でも、主婦の知恵で工夫しよーぜ!

野菜が傷む前に使い切るのはなかなか大変だよねーとポストしていたら、あれこれこんなことしてるとか、そんなに腐るかとか色々な意見があって面白かった。

個々人でレパートリーも違うし、食べたいから作る料理の種類も違うし、普段買い物する場所も違うし、冷蔵庫のサイズも機能も違うから、みんなあれこれ工夫してるんだなぁ、と。

 

昨日はキャベツで盛り上がったが(キャベツ好き)、基本的に私は野菜好きだ。
別に肉魚も食べるし、乳製品も食べる。
でも野菜も好き。(昔からの友人にはウサギみたいと言われた)
なので旬の野菜や、頂き物をした時は「美味しく食べたい」という食いしん坊根性であれこれとやってしまう。
そこに、年齢の違いなのか、食の好みの違いなのか分からないが、色んな意見を見ていて、ちょっとだけ「ん?」と思ったものもあった。

 

別に、他の人がどう工夫していてもそれは個人のやり方なのでいいと思うし、私も食材の使い方で誰かを否定するつもりはない。
(捨ててるなら、勿体ないなぁと思いはするが)
ただ、それが出来ればいいんだけどね、と、ちょっとモヤついてしまった意見もあった。

 

 

・前提として、私の生活では平日に調理するのは「温める」が精いっぱいなので(帰宅が遅い)、食材を切るところから始める料理はする気力がない。
 作れたとしてもお味噌汁くらい。
 なので、例えば日曜日の夜に使い切れなかったら、次に料理するチャンスは次の土曜日なのだ・・・。

 

 

傷むのが早い野菜が好き
 自分でも困ったもんだなぁ、と思っているが、ほうれん草、小松菜、青梗菜、茄子、大根など、所謂足が早い野菜が好き。
 しかも、冷凍するのが嫌いなので、このあたりは自宅に誰か遊びに来る予定がある、とか、3連休の前、とか、翌日実家に食事を作りに行く、などのスケジュールを考えてじゃないと残ってしまう事が多々ある。
 好きな分、悔しいので結構頭をひねる。

 


冷蔵庫そのものが小型
 小型とは言っても、まぁ二人暮らしにちょうどいいサイズなのだが、問題は中にストックしているもの。
 我が家はニャンズがいるので、猫がどうやったって開けない、開けられない場所は冷蔵庫か電子レンジの中だけだ。(他のドアはチャイルドロックをかけているが、たまに突破される。帰った時に家じゅうに鰹節が積もっていた時は、ホテルに泊まろうかと思った・・・)
 なので、冷蔵、冷凍「不可」のもの以外は結構色々なものを冷蔵庫にしまう事になる。
 自分でもたまに家探しする羽目になるが、さすがに通帳が冷蔵庫から出てきた時は大笑いした。

 


やもめになった父用に、多めに作ったもので冷凍出来るものは冷凍している
 ザ・昭和の男だった父だが、母が他界してからは何とか、あれこれと自炊はしている。
 しかしさすがに煮物やマリネなどは作れないので、私は週末に料理した分で、冷凍OKなもの(ひじきの煮物とかね)は小分けにして冷凍している。
 実家に行った時には、そのあたりを冷凍庫からごそっと出して行く。
 つまりは「実家に行くタイミングまで、冷凍庫で自分のスペースが非常に限られる時がある」のが現状。
 

 

猫用のお手製おやつ
 猫たちは、冬場になると水を飲まなくなったりで脱水症状になったり咳が出たりするようになるので、これまた時間のある時にタラの切り身や、鶏肉を煮込んで「ニャンコ用スープ」を作って冷凍している。
 スープなら冬場でも飲むし、ちゅーるを加えて投薬の時の必殺技として使うこともある。

 

 

と、まぁ各家庭ごとに色々あるのだよ。
お子さんがいるご家庭にも、麦茶が必ず2本冷えてたり、これだけは外せない「滅入った時用アイス」が幅を取ってるという友人もいた。野菜室の半分をビールが占拠していたり。
自分の生活圏にあるスーパーの品ぞろえでも変わってくるし(大型スーパーは遠回りになるので、私も小型スーパーを愛用しているからキャベツ丸々一個、は逆に置いてない)、ふるさと納税が届いた後は冷蔵庫がカオスになる、というのもよく聞く。

 


人それぞれ。
これだけ物価高になっているけど、一人暮らしは一人暮らしで、家族なら家族で、その人に合った節約、常備菜などがあると思うから、そこんとこは工夫していきましょうぞ。


ちなみに、昨日ご近所さんから珍しいおみかん頂いたので、今日は食べるぞ!!!食べ方ググったぞ!!!(^▽^)/